SF超大作の「三体」。3-4年前に購入して第一部を読み始めたものの、最初の中国の文化大革命の描写で、早々に力尽きてしまいそのまま積読になっていた。
その後、Netflixで配信されたのが面白すぎて一気見して、続きが見たいと思ったのだが、現在Netflixで放送されているのは第一部のみだったので、第二部の黒暗森林を読了。第二部だけで上下巻セットの700ページ以上あり、めちゃくちゃ長いが、面白かった。
https://www.netflix.com/title/81024821
なお、ネタバレ含みますので、この記事は読了後に読むことをおすすめします。
あらすじ
人類に絶望した天体物理学者・葉文潔が宇宙に向けて発信したメッセージは、三つの太陽を持つ異星文明・三体世界に届いた。新天地を求める三体文明は、千隻を超える侵略艦隊を組織し、地球へと送り出す。太陽系到達は400年後。
人類よりはるかに進んだ技術力を持つ三体艦隊との対決という未曾有の危機に直面した人類は、国連惑星防衛理事会を設立し、防衛計画の柱となる宇宙軍を創設する。だが、人類のあらゆる活動は三体文明から送り込まれた極微スーパーコンピュータ・智子(ソフォン)に監視されていた。
このままでは三体艦隊との“終末決戦”に敗北することは必定で、絶望的な状況を打開する必要が出てきて、人類は面壁計画を考案することになる。
面壁計画とは?
三体文明から送り込まれた極微スーパーコンピュータ・智子(ソフォン)は、地球上のありとあらゆる情報を瞬時に解析してしまうので、言葉なり文書なりで公となった時点で作戦がばれてしまう。ただ、ソフォンが唯一解析できないのが、人間の頭の中にある思考。というわけで、面壁計画という計画が立ち上がることになった。
面壁計画の核心は、人類が真の戦略をひとりの人間の頭の中に封じ込めることにある。外界といかなるコミュニケーションもとらず、作戦におけるほんとうの戦略、実現に至るまでに必要なステップ、最終的な目標などは、自分の頭の中だけに隠しておくことになる。
そして、人類を代表する4人の面壁者が選定され、人類の生命に害を及ぼす場合でない限りにおいて、地球上のリソースをフルに活用できるという強大な権力が渡されることになる。
一方、三体文明は面壁計画に対抗すべく、人類の協力者であるETO(地球三体教会)の残党に助けを求める。ETOの残党は面壁者たちに対抗すべく破壁人を選び、彼らに「面壁者の計略を看破し、彼らの策を無効化せよ」との指示を出す。
4人の面壁者の計画と破壁人
4人の面壁者の計画のうち、主人公以外の3人の計画は、各々非常に緻密かつ戦略的ではあったものの、全てが「人類の生命に害を及ぼす」戦略であり(地球の人類全員を救いながら三体艦隊にも勝つというのは、あまりにも非現実的という前提があったのかもしれない)、破壁人によって見破られ暴露されることで潰えてしまう。
フレデリック・タイラー:蚊群編隊による水爆計画
これは、第二次世界大戦における日本の特攻隊戦略(カミカゼ)に似ている。蚊群変態と名付けられた作戦は、宇宙戦闘機を蚊の群れのように編成し、カミカゼ攻撃を仕掛けるというもの。
三体艦隊は大量の水を消費するため、太陽系に接近した時点で、宇宙船内で脱水していた三体人は全員、再水化することになる。再水化に使われる水は彼らの肉体の一部になるため、宇宙船の中で何度も循環し濾過された古い水よりも、新鮮な水のほうが好まれるので、地球の水が必要という前提がある。
そして、タイラーは、決戦時に蚊群編隊で地球軍を壊滅させETOに投稿したフリをして、三体人が喜ぶであろう大量の水を手土産に、三体艦隊にも投降するふりをしながらゼロ距離まで近づいた際に、水爆で攻撃するものであった。しかし、破壁人によって見破られ暴露される。
マヌエル・レイ・ディアス:水素爆弾による相打ち作戦
水星に水素爆弾を設置して爆発させることにより、逆向きのターボエンジのような働きで、水星の公転を停止させることで、太陽に向かって落とす。そして太陽と水星の衝突のの反動で生じる膨大なガスで金星の公転に抵抗を生じさせて、水星と同様に金星を太陽に墜とし、その連鎖で惑星を順次破壊し、最終的に太陽系を壊滅させるという作戦を思いついた。
もちろん、地球も太陽に向かって落ちていくので人類も全員滅亡するのだが、こうなると三体文明も太陽系で暮らせる惑星を探せなくなるので、相打ち作戦として、三体文明を脅迫しようとした。しかし同様に破壁人によって見破られ暴露され、人類を滅亡する作戦として非難される。
ビル・ハインズ:精神印象による勝利思想の植え付け
被験者の脳に電磁波を送信し、その神経活動を変化させることで、特定の思考や信念を強制的に植え付ける「精神印象」を開発。「人類は必ず戦争に勝利する」という命題を精神印章によって脳裏に押印された人間は、いかなる不利な状況に置かれてもその考えが揺らぐことはないので、それを宇宙軍に適用することで、三体艦隊に対抗しようとした。
しかし、実はハインズ自身が敗北主義者であり、彼は密かに精神印章の「人類は必ず戦争に勝利する」という命題を、「人類は必ず戦争に敗北する」と書き換えていたことが、妻である破壁人によって暴露される。
羅輯:黒暗森林理論による宇宙座標の公開
羅輯は黒暗森林理論に基づく「宇宙座標の公開計画」を行おうとした。
これは、宇宙社会学という学問で、2つの公理から導き出された計画。
- 猜疑連鎖:宇宙の文明と文明は、文化的な違いと非常に遠い距離に隔てられているために、お互いに理解することも信頼することも不可能。地球上の国同士と違い、宇宙の文明間だとコミュニケーションに制約があり、互いに猜疑心が深まる一方となる。そして、その猜疑心は連鎖している。
- 技術爆発:宇宙の時間的スケールから見れば、たとえ文明が発展段階にある惑星であっても、突然、技術革新が起こり、他文明の脅威になる可能性がある。
猜疑連鎖と技術爆発という2つの公理から導き出される帰結は、宇宙は「暗黒の森林」のようなものであり、どの文明も他の文明を発見し次第、意思疎通ができない相手が、もしかしたらいつか技術爆発で自分達の技術を追い抜いて潰しに来るかもしれない、そうなる前に潰しておこうという意識が働き、脅威として排除しようとするもの。
自分の存在(位置座標)がバレると、他の惑星から攻撃されてしまうし、他の惑星の方が自分達よりも文明が発達していて軍事力も高いかもしれない(分からない)ので、みんな暗黒の森林に潜む狩人のように息の根を殺して生活している。なので、三体の第二部タイトルは「黒暗森林」となっている。
羅輯は、太陽系外に向けて地球と三体文明の座標情報を送信するための非常に強力な送信装置を使用して、地球と三体文明の座標を宇宙に向けて公開することで、他の知的文明からの攻撃を誘発し、三体文明を抑制しようとした。羅輯の計画だけは破壁人によって見破られることはなく、最終的に三体文明を抑制することに成功した。
技術爆発に関しては、良くも悪くも有事が一つのトリガーであり、近年だとコロナウイルスの発症からわずか1年もたたずしてmRNAワクチンを開発したりと凄まじい。
AIに関しても冬の時代を迎えながらも、ChatGPTを中心として生成AIの発展が今は素晴らしく、今後も停滞期を挟みながらも、どこかのタイミングで技術爆発を繰り返すだろう。
羅輯の宇宙座標公開技術はさておき、他の3人の計画は技術的に数百年後もしくはそれより前に達成していてもおかしくなさそうである。特にハインズの精神印象などは、作用機序は未だ解明されていないものの頭部に電気刺激を与えて全身発作を起こさせることで、うつ病を緩和させるECT(電気けいれん療法)は1938年から使用記録されており、今ではすでにある程度近しいところまで進んでいてもおかしくない。
黒暗森林と文化大革命のアナロジー(猜疑連鎖)
「黒暗森林」の中で描かれる猜疑連鎖は、文化大革命時の中国社会に見られた猜疑心と不信感の連鎖のアナロジーである。
第一部の冒頭で描かれていた文化大革命では、政治的な疑心暗鬼が社会全体に広がり、友人や家族間でさえも信頼が崩壊した。同様に「黒暗森林」理論では、宇宙における文明同士が互いを疑い、攻撃し合う恐れが常に存在するという設定。このアナロジーは、信頼の欠如と不信の連鎖がどれほど破壊的であるかを強調している。
最終的には羅輯が自分の計画を盾に、三体人と交渉することで、第二部終了時はデタント(緊張緩和)の様相を呈して終わるが、もちろん、三体人が地球以外の惑星で生きながらえる惑星を見つけているわけでもないので、根本問題の解決になっておらず、第三部へと続くこととなる。
終わりに
まだ第二部で、第三部「死神永生」があり、物語のスケールはさらに大きくなるのだが、著者の物理学に対する造詣の深さに驚嘆するばかり。もちろん技術的に難解な部分も多くあるのだが、物語の設定として分かりやすい二項対立(地球 vs 三体, 面壁者 vs 破壁人)を用いているからか、とても読みやすかった。