はじめに
好きな著者の1人である、橘玲さんから新著「テクノ・リバタリアン 世界を変える唯一の思想」が出たので読んでみた。
相変わらずキレキレのツッコミが多く、かつ、文庫本とは思えないほど情報量が詰まったボリューミーな内容であり、中身が詰まったステーキを食べている感じ。
今回は、前半に記載されていた、リバタリアン・リベラリズム・コミュニタリアニズムについて記載。
あらすじ
シリコンバレーの天才たちが希求する「1%のマイノリティだけの世界」そこは楽園か、ディストピアか?
アメリカのIT企業家の資産総額は上位10数名だけで1兆ドルを超え、日本のGDPの25%にも達する。いまや国家に匹敵する莫大な富と強力なテクノロジーを独占する彼らは、「究極の自由」が約束された社会――既存の国家も民主主義も超越した、数学的に正しい統治――の実現を待ち望んでいる。
いわば「ハイテク自由至上主義」と呼べる哲学を信奉する彼らによって、今後の世界がどう変わりうるのか?
ハイテク分野で活躍する天才には、極端にシステム化された知能をもつ「ハイパー・システマイザー」が多い。彼らはきわめて高い数学的・論理的能力に恵まれているが、認知的共感力に乏しい。それゆえ、幼少時代に周囲になじめず、世界を敵対的なものだと捉えるようになってしまう。イノベーションで驚異的な能力を発揮する一方、他者への痛みを理解しない。テスラのイーロン・マスク、ペイパルの創業者のピーター・ティールなどはその代表格といえる。
社会とのアイデンティティ融合ができない彼らは、「テクノ・リバタリアニズム」を信奉するようになる。自由原理主義(リバタリアニズム)を、シリコンバレーで勃興するハイテクによって実現しようという思想である。
4つの政治思想のマッピング
本書では、4つの政治思想が紹介されている。まずは、生物学的な正義感覚に基づく「自由主義」「平等主義」「共同体主義」から。
リバタリアニズム(自由原理主義)
- 「ひとは自由に生きるのが素晴らしい」
- 道徳的・政治的価値のなかで自由をもっとも重要だと考える。純度100%の自由主義
- そのなかできわめて高い論理・数学的知能をもつのがテクノ・リバタリアンで、現代におけるその代表がイーロン・マスクとピーター・ティール
リベラリズム(平等主義)
- 「ひとは自由に生きるのが素晴らしい。しかし平等も大事だ」
- 自由競争すれば、富は一部の遺伝的に恵まれた者に集中し、必然的に格差が広がっていく。これを平等にするには、国家が徴税などで市場介入するしかない。自由を犠牲にしない平等はあり得ない。
- 社会福祉などで国家を最大化しようとする
コミュニタリアリズム(共同体主義)
- 「自由に生きるのが素晴らしい。しかし伝統も大事だ」
- 歴史や伝統、文化などで支えられた共同体こそが、人々の幸福を生み出すので、共同体を守るためには、個人の自由が一定の制約を受けても仕方がない
リベラリズムとコミュニタリアリズムは、自由そのものを否定しているのではなく、自由だけではダメで、若干の修正(リベラリズムなら平等も大事、コミュニタリアリズムなら、伝統も大事)を加えているのであり、その点で、リベラリズムも小ミュニタリアリズムもリバタリアニズムを否定するのは困難と説いている。リバタリアニズムを否定することは、自分自身が拠って立つ足場(自由の価値) を否定することになるので。
なるほど、若干煙に巻いているような論法だが、そういう見方もあるだろう。個人的には分かりやすくて良かった。
サルやチンパンジーの世界にも「自由」「平等」「共同体」の正義はあるので、自由主義、平等主義、共同体主義はいずれも「チンパンジーの正義」とつながっていて、その点で、これら3つの政治思想は生物元来の欲求に基づいて必然的に生まれてきたと主張している。
アメリカの共和党と民主党が典型だが、二大政党による政治的対立というのは、「自由」をどのように修正するのか(あるいはしないのか) のアイデンティティ闘争。
進化論的政治思想を欠いた功利主義の登場
上記3つとは別に、19世紀のイギリスで、功利主義という考え方が登場した。
功利主義
- 最大多数の最大幸福:最も多くの人に最大の幸福をもたらす行為が正義。個人の利益よりも集団全体の利益を重視
- どの政治的・道徳的主張が正しいかなんてわからないので、「なにがよい政治かは結果で判断すべきだ」という結果オーライ主義
トレードオフに基づく政治思想の対立
政治思想の対立を理解するうえでの出発点は、「すべての理想を同時に実現することはできない」というトレードオフ。誰もが、自由で平等で共同体の絆のある功利的な 社会で暮らしたいと願うだろうが、これは机上の空論で原理的に実現不可能。
各政治思想をマッピングすると下記のようになる。
功利主義は、市場経済を重要視するリバタリアニズムと極めて相性が良いので、その部分の重なりが最も多い。
ネオリベ(新自由主義)
- リバタリアニズムと功利主義は国家の過度な規制に反対し、自由で効率的な市場が公正でゆたかな社会をつくると考える。両者の政治的立場はきわめて近いので、日本では包括して「新自由主義(ネオリベ)」と呼ばれている
歴史的に個人よりも世間が重視されてきた日本では、「自己責任によって自由に生きる個人」を基礎とした欧米型のリベラリズムは浸透せず、右も左もその多くは共同体主義者
「テクノ・リバタリアン 世界を変える唯一の思想 」橘玲
クリプトアナーキズム
- 暗号(クリプト)によって国家の規制のない社会を作ろうとする
テクノリバタリアン
- テクノロジーの力によって社会を最適化しようとする。民主制が幸福最大化の障害になると考えれば、テクノロジーによる統治が選ばれるかもしれない
自分はあまり政治に詳しくないのだが、この図解と説明自体は、多少簡略化しすぎてるかもしれないが、分かりやすく腑に落ちた。
「流れがあり、かつ自由な領域があるなら、より速くより滑らかに動くよう進化する」(コンストラクタル法則)について本の後半で説明されており、リバタリアニズムが提唱する純度100%の自由も、情報浸透の効率性という観点からは必然的に巨大な階層的組織が誕生し、その階層性に取り込まれるか融和していくという点もなるほどという感じで(別記事で記載したい)、面白かった。
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