【地球星人】村田沙耶香:この世は人間を作る工場。働く道具と生殖器

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前回、村田 沙耶香さんの小説「コンビニ人間」の感想を記載したところ、「地球星人」も面白いですよ!と勧められたので早速読んでみた。

同じ作家の作品を続けて読むと、前作の記憶がまだあるので、前作と比較しながら、

「この作家は社会問題や人間関係のここに興味を持っているのか」とか、「文体や文章表現でこの点は共通しているのか」などが頭に入ってきやすく、同じ作家の作品を続けて読むのも良いなと感じた。

地球星人はコンビニ人間の後に出された作品であり、すでにコンビニ人間で突きつけていた、社会における「普通」の違和感を極限まで高めてきたなという印象。

あらすじ

恋愛や生殖を強制する世間になじめず、ネットで見つけた夫と性行為なしの婚姻生活を送る34歳の奈月。夫とともに田舎の親戚の家を訪れた彼女は、いとこの由宇に再会する。小学生の頃、自らを魔法少女と宇宙人だと信じていた二人は秘密の恋人同士だった。だが大人になった由宇は「地球星人」の常識に洗脳されかけていて……。

この世は人間を作る工場:働く道具と生殖器

本作でもコンビニ人間と同様、社会における「普通」の価値観に馴染めない主人公、奈月は、自分は宇宙人であり、この世を下記のように俯瞰して見ている。

ここは巣の羅列であり、人間を作る工場でもある。私はこの街で、二種類の意味で道具だ。
一つは、お勉強を頑張って、働く道具になること。
一つは、女の子を頑張って、この街のための生殖器になること。
私は多分、どちらの意味でも落ちこぼれなのだと思う。

【地球星人】村田沙耶香

ここでいう普通とは、「働いて生産性を高めること、子孫繁栄のために子供を産むこと」の2つにより焦点を当てているように思う。本作では一貫して、この2点に関する疑問を投げかけている。

自分は、この「普通」に関しては、違和感を持ったことがないのだが、それはたまたま、自分がこの2点の価値観に関して違和感を持たないような遺伝子として生まれたか、すでに「普通」の価値観に洗脳されてしまったかであって、もしそうでなかったとしたら、同じような価値観を持っていたかもしれない。

なぜ、ここまでこの「普通」に関して、一貫して鋭く問いかけているのだろうと、村田さんに興味を持って、インタビュー記事を漁ったところ、いくつか発見した。

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私の幼少期がそうだったのですが、母から「男の人から見初(みそ)められるような女の子になってほしい」と言われていました。家事ができて女の子らしく、子供を産む道具としても優秀な、家のために尽くす存在になることを世界中から要求されているような感覚を自然に抱いていました。

【地球星人】村田沙耶香

両親の影響は大きく、子供への期待や両親が思う当たり前の価値観の刷り込みを、村田さんは子供ながらに認識していて、それに対する自分の違和感を小説に投影しているのだろう。

確かに、いまでも、結婚と出産を望む周囲の声は多いと思うが、それ以外の娯楽もテクノロジーの進化とともにどんどん増え、出生率も右肩下がりで先進国全般では下がっている昨今、40年後にこの本を初めて手に取った人が読んだ時の読後感も興味深い。

韓国はすでに出生率が0.7台と1を割っており、日本も20-30年後には「結婚するんですね。なんて珍しい」と周囲からの目が逆転している可能性は大いにある。結婚すること自体が制約で自由が失われることであり、こんなに1人でも楽しめる娯楽があるにも関わらず、わざわざ自ら不自由な制約を課すのは意味が分からない、と思う人も当然すでにいるだろう。

40年後は、1人でいなければならないという「普通」を押し付けられて、結婚して子供を産むことに対して苦悩する主人公を描いた小説が出ているかもしれない。

地球を表す無機質な表現

コンビニ人間は、五感と無機質さの表現が面白いと感じたが、地球星人でも、地球を工場ととらえて、人間の営みをロボットのように無機質的に表現する用語が散りばめられており、表現も楽しめた。いくつかピックアップ。

・皆、「工場」を信じ、「工場」に洗脳され、従っている
・たまに、「工場」の様子を偵察しに来た
・私と夫の子宮と 精巣 は「工場」に静かに見張られていて
・僕たちは肉体で繫がった部品
・子供を作りつづけ、遺伝子を未来に運び続けるだけのパーツ
・子宮という器官を道具化
・恋は人間が繁殖するためにつくった脳内麻薬、単なる麻酔
・「宇宙人の目」がダウンロードされた

【地球星人】村田沙耶香

認知は最後の砦

親からも言葉の暴力で、幼少時代から自己肯定感を下げられまくっている奈月は、自己防衛のために、ぬいぐるみのピュートを、自分のお守りがわりで唯一の話し相手として会話している。

幼いながら、塾の先生の性癖により性行為を強要された後に、自分を守るために、先生を殺害する際の脳内の表現が描かれているが、その時にもピュートとの脳内会話が展開される。

『君の魔法の力で世界がピンクになったんだ。今の君ならきっと魔女に勝てるよ。早く早く早く!』
ピュートの声が、家じゅうに響き渡っているのではないかというくらい大きく聞こえる。ピュートの声が大きすぎて、がんがんと頭痛がした。私は頭を押さえながら、ピンク色の階段を上がっていった。

【地球星人】村田沙耶香

この会話だけを聞くと、統合失調症の幻聴と妄想であり、「普通」の人から見たらそう捉えられるだろう。

一方で、過度なストレスや刺激が人間に加わると、認知を変えることで自己防衛を行なった結果とも見ることができる。

ヴィクトール・E・フランクル (著)の「夜と霧」では、ナチス強制収容所に送られ、極限状態を経験する精神科医フランクルは、極限状態の中でも人間の精神は自由であったことを実体験として述べている。

収容所生活そのものが、人間には「ほかのありようがあった」ことを示している。その例ならいくらでもある。感情の消滅を克服し、あるいは感情の暴走を抑えていた人や、最後に残された精神の自由、つまり周囲はどうあれ「わたし」を見失わなかった英雄的な人の例はぽつぽつと見受けられた。一見どうにもならない極限状態でも、やはりそういったことはあったのだ。

「夜と霧」ヴィクトール・E・フランクル

幼いながら、先生を殺害する際の、自己防衛のために思考を改変して、自己を奮い立たせようとする様子、焦燥感、恐れなどが、ピュートとの脳内会話という形で綺麗に表現されており、すごいと感じた。

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