【発生生物学】なぜ遺伝子リレーだけで空間的配置を規定しなかったのか?

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はじめに

基礎研究分野のキャッチアップのために、医学部時代の分子生物学の時以来の発生生物学を勉強しようと、手に取った本がこちら。

分子生物学を医学部1,2年の時に勉強した時は、ただただ試験に通るために、直前詰め込み勉強していて覚えることが多すぎて四苦八苦していたのだが(洋書で「The Cell」を読んでいた同級生もいて、すごいなと感心したものである)、いざ能動的に読んでみると、1つの細胞からよくこんなに複雑な生命機構を作る仕組みを作ったな、と非常に面白い。

動物発生の基本原則:濃度勾配と遺伝子リレー

細胞が持つ設計図(=ゲノム配列)は同じなのに、実際に作られる人間の体は同じではない。しかも複雑すぎる。この複雑度を担っているのが「物質の偏りとその組み合わせ」。

とはいえ、その偏りはどのようにして生まれるのか?0から勝手に出現することは考えにくい。

  • 何らかの情報がすでに卵内に形成されている or/and 重力

によって胚のパターン形成が行われると考えられている。

胚のパターン形成

  • 胚のパターン形成は、卵内にすでに最初から備わっているかどうかは卵によって異なる。
  • モザイク卵:最初に決まっている。ウニ
  • 調節卵:最初ではなく割球に分割した後でパターン形成が決まる。カエル

初期のタンパク質濃度勾配

  • 多くの動物で、発生の初期段階において、母性効果遺伝子によって供給されるタンパク質やmRNAが特定の濃度勾配を形成する。
  • これらの濃度勾配は、胚内の細胞に位置情報を提供し、特定の領域の運命を決定する。

遺伝子リレー形式

  • 初期の濃度勾配によって誘導された位置情報に基づき、次の段階で遺伝子が順次発現し、複雑なパターン形成が進行する。
  • この遺伝子リレーの過程は、多くの動物に共通して見られ、発生の複雑度を決定するための基本的なメカニズムとなっている。

ショウジョウバエにおける体節制御

ショウジョウバエを例に挙げると、まず前後軸・背腹軸が決まる。

前後軸は、Bicoid, Nanos, Hunchbackという3つのmRNAがそれぞれ卵内の特定の位置に局在化することで決定される。これらのmRNAから合成されるタンパク質の濃度勾配が、前後軸を決定する。

発生生物学 -基礎から再生医療への応用まで-  道上 達男 (著)

その後の、前後軸に沿った体節化とその後の発生過程に関しては、遺伝子リレー形式(遺伝子ネットワーク)で、遺伝子の発現が段階的かつ順次に行われることで、胚の複雑なパターン形成が実現される。

  • ギャップ遺伝子が広い領域の発現パターンを形成。
  • ペアルール遺伝子がさらに細かいセグメントを形成。
  • セグメントポラリティ遺伝子がセグメント内の前後の境界を決定。
  • ホメオティック遺伝子が各セグメントのアイデンティティを確立。
発生生物学 -基礎から再生医療への応用まで- 道上 達男 (著)

卵割様式や最後のアウトプットとして出現する体の構造は、動物間でかなりの差があるが、卵からの発生の仕組みに関して下記2点は同じである。

  • 初期はタンパク質の濃度勾配が領域を決定する。
  • その後は、遺伝子リレー形式により、複雑度を決定する

ということで、幹細胞を使った臓器分化の手法も添付薬剤の濃度とタイミングが重要であり、発生初期の濃度勾配の考え方が適用される。

人間の三胚葉の分化と発生

人間の三胚葉(外胚葉、中胚葉、内胚葉)の分化と発生は、多くの動物と共通する基本原則に従うが、いくつかの特異的なプロセスやメカニズムが存在する。

個人的には、神経が外胚葉から分化されることが、未だになんでだろうという感じだが。

発生生物学 -基礎から再生医療への応用まで-  道上 達男 (著)

形態形成運動による組織・器官の形成

ここまでみると、タンパク質の濃度勾配とその後の遺伝子リレーの仕組みさえあれば、動物の複雑度は実現できそうだが、それだけでは実は不十分。

遺伝子リレーは細胞の分化と運命を制御するが、細胞が実際に胚内で適切な場所に移動する仕組みまでは制御していない。

細胞が物理的に移動して適切な位置に配置されることが必要で、これにより、特定の組織や臓器が正しい形状を持つことができるようになる。

そのため、形態形成運動(細胞の空間的移動)という仕組みを生物は持っている。

形態形成運動だが、種類も多岐にわたる。大きく分けると下記2タイプ

  • 陥入(凹み):細胞それぞれの変形の総和としての組織の変形
  • 移入(移動):個々の細胞が移動することで生じる組織の変形

例えば、神経管形成では、神経板が収縮して神経管を形成するために、細胞が特定の方向に移動する必要がある。これは遺伝子リレーだけでは実現できない。

とここまで来て、個人的に疑問が生じたのが

「遺伝子リレーだけで空間的配置を制御する方法も理論的に可能ではないか?なぜその方法は選択しなかったのか?」

ということ。

これに対しては、おそらく下記2つの理由から、生命が進化の過程で形態形成運動という仕組みを選択したのではと考えられる。

  • 細胞や組織の移動は、物理的な力(例えば、細胞収縮、細胞間接着、細胞外基質との相互作用)を利用するので、遺伝子制御ではなく隣接する細胞間や組織間のシグナル伝達(例えば、ノッチシグナル、ウィントシグナル、ホジソンシグナルなど)を利用した方が効率的だった?
  • 遺伝子制御に空間的配置まで機能を設けるのは、もしかしたらエラーが発生しやすくなるから、空間的配置の正確性を期するために、隣接細胞組織間の相互作用という別の仕組みを事後的に取り入れた方が良かった?タンパク質の濃度勾配による領域決定は、初期胚での大まかな位置情報を提供するために非常に有効だったが、その後の詳細な配置には向いていなかったからか、これは、遺伝子発現の微細な調整が必要となり、環境変動や内部のノイズによって容易に誤差が生じる可能性があるためと考えられており、そのアナロジー。

誤差の蓄積を防ぐために、発生の各段階で各物質が行う役割を決めている感じか。

全然異なるアナロジーだが、会社の指揮命令系統で行くと、遺伝子リレーは取締役会などで会社のおおまかな方針を決定しており、形態形成運動は各部門間の人員配置や課題をその部門内もしくは、部門間で調節する感じ?餅は餅屋じゃないが、細かいところは当事者がよく知っているからお任せした方が良いよね。というような

兎にも角にも、現在の生命体は、タンパク質の濃度勾配、遺伝子リレー、形態形成運動という3つの異なる仕組みを組み合わせることで、複雑な体の構造と機能を効果的に形成していると考えられる。

生命化学は、現象としては答えが出ていて(自然界がすでに答えを持っている)、中身のメカニズムのブラックボックスを人間が認識できるように解き明かしていく学問だと思うので、そういった点での特殊性はあるものの面白そうである

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