この本は、2021年12月に購入し、何かを極めるために必要なステップをここまで解像度高く言語化しているのかと驚かされた本。量質ともに凄まじい。
英語版(原著)は、こちら。
かつてチェスの“神童”と呼ばれ、長じて卓越した武術家(太極拳推手の世界選手権覇者にして、黒帯の柔術家)となった著者が、トップクラスの競技者になるためのart of learning(習得の技法)を語っている。
知能と肉体という、2つの全くの異分野(チェスと太極拳)で世界トップに立ったという点で驚愕なのだが、そこから帰納的に著者が導き出した、達人の領域に達するまでの学習技術が書かれている。方法論が極めて実用的で具体的なので、説得力がすごい。
勉強になった点をいくつか記載。
原理原則の理解:基本を深く習得するのが大事
当たり前と感じるかもしれないが、やはり、基本・原理原則を深く習得することが、第一段階として大事と記載されている。守破離の守にあたる部分である。
トップになるために必要なのは、ミステリアスなテクニックなんかではなく、一連の基本的技術とされているものだけを深く熟達させることだ。どんな分野でも深さは広さに勝る。深く掘り下げることで、自分の中に隠れているつかみどころのない無意識的でクリエイティブな潜在性を引き出すための道を切り開くことができるからだ。
習得への情熱
この基本を、無意識でできるレベルになるまでやれと書いている。例えとしては、歯磨きとか自転車などが分かりやすいだろう。そのレベルにまで、まずは基本を昇華させることが重要とのこと。
全部を広く浅くではなく、1つの物事を深く理解し習得することで、他の物事に対しても結局根本の構造はつながっていることが多いので、関連性を見出しやすくなるのであり、全体を広く浅く学習していては、逆説的に聞こえるが、物事の関連性は発見できにくい。
余談だが、トップボクサー井上尚弥の練習風景の動画も基本のジャブやワン・ツーが多く、トリッキーなパンチの練習動画などは見たことがない。基本を極限まで高めることが重要なのだろう。
構造化:学んだことを統合して、1つの情報の塊として頭にいれる
次に、習得した、各原理原則や基本を単体の情報として関連性なく頭に入れるのではなく、それぞれの関係性に目を向けて構築した上で1つの情報として頭に入れるという作業をおこなう。
脳のキャパには限界があるので、学んだ情報を関連性なくそのまま詰め込むと、いざという時に効率的に取り出せないが、系統立てて頭に入れておくと、メモリも少なくできるし、効率的に取り出せる。
チャンキングという作業は、数多くの情報の中から調和のとれた論理的一貫性のある特徴を見いだしたら、それらを頭の中で一冊のファイルとしてまとめ入れておき、これをあたかも単一の情報であるかのような形でアクセスできるようにすることだ。
習得への情熱
(中略)
最初のうちは、一つか二つの重要要素しか同時並行で熟考できないが、ある程度の基礎学習期間を経ると、より多くの原理が統合され、一つの流れとしてとらえることのできる直感が養われる。
例えが適切かわからないが、語学の学習だと、まず英語を学習して、次に中国語を学習した場合、最初はそれぞれの語学の文法を学ぶと思う。
そして、各言語の学習を終えたら、次に、「中国語と英語はどちらもSVOの語順という点では同じ。日本語はSOV」「時制や場所が出てきた時は、中国語と英語は語順が異なる」という風にして、各言語の特徴を比較しながら関連付けして、一塊の情報として頭に入れていく。
無意識を養うことで、創造性への扉が開かれる
基礎を無意識レベルになるまで習得し、さらに学んだことを統合して1つの構造的な情報として頭に入れることができると、ようやく創造性の入り口に到達する。
こうして、さまざまな知識を有機的に関連させることができたら、後はそれを続けていくと、どこかのタイミングで効果的な入力が訪れ、その入力を持って一気に創造的なインスピレーションが出てくるという。
無意識を養えば、一見すると共通点があるようには見えない物どうしでも、その関連性を発見できるはずだということに僕は気がついた。一つの技法についての洞察を徹底的に深めようとする道筋は、往々にして別の事物への深い考察をはらんでいるものだ。数々の断片的な思考が、直感的に見いだされた不可思議な関連性をたどって一つの像を結んでゆく。
習得への情熱
(中略)
今取り組んでいる問題と関連性のあるさまざまな知識が相互的に調和されて固め上げられ、そこに何らかの効果的な入力があると、それまでは謎だったものが瞬時に明白になるというわけだ。
しかし、「創造的な閃きが起きて良かったね」で終わらせるのではない、と説いているところがミソである。そのままでは偶然の産物になってしまう。
創造的な閃きと自分がすでに知っている情報や経験との間には関連性がある(もしなければ、発見することはできない)ので、どうして創造的な閃きが起こったかを振り返って、そのきっかけを洗い出す。そうすることで、再現性を高めていく訓練をする。
優秀なだけのプレーヤーと偉大なプレーヤーの境界線は?
まず、どんなに経験を積んでも、ミスが0になるということはなく、ミスから受ける心的影響はあると述べている。問題は、ミスとミスから引き起こされる感情に対してどのように対応すれば良いかということ。
年齢を重ねて経験を積むと、ミスから受ける心的影響はずっと軽減されるものの、それでもミスがミスを呼ぶというパターン自体はしっかりと残っていて、それが命取りになる。 最終的に、この手のシチュエーションへの対処法は自分の感情を否定するのではなく、むしろその感情をアドバンテージとして利用することにあるのではないかと考えるようになった。
習得への情熱
自分を抑え込むのではなく、その時の気分にピッタリと周波数を合わせることで集中力を高めなければならない。 大切なのは、波が背後からやってきたときには上手にその波に乗り、また、澄んだ精神状態を失いそうになったときには、気持ちを切り替えてフレッシュな心で現状をしっかりと見つめ直すことで、あの気まぐれなプレーヤーを自分の味方につけることだ。
これは、よくある大舞台での緊張をどう対処するかにも通じる。緊張している自分を否定するのではなく、緊張していることを認識した上で、それを逆に利用するマインドに切り替える。そのためには、心を今という瞬間におくことが重要と述べている。
単に優秀なだけのプレーヤーと偉大なプレーヤーの境界線は、心をしっかりと今という瞬間にとどめ、意識をリラックスさせて、何の妨げもなく流れるように無意識を活用できるかどうかの差にある。
習得への情熱
やはり、最後は、どのような状況においてもいかに平常心を保てるかという、技術よりはマインドの問題に帰着するようだ。
とはいえ、コンスタントに起こる心理的および技術的な課題やミスには、その人固有のパターンが存在する。なので、そのパターンを分析して、しっかりと見極め、一度見極めたら、その繰り返しを最小限にとどめる方法を構築することも同時に重要とのこと。
ゾーンに一気に入るための訓練
どのような状況においても平常心を保って、自分の本来の実力を発揮するための1つの方法として、ゾーンに一気に入るための引き金を構築することが重要と述べている。
そのために、3段階のステップが記載されている。
第一段階:ルーティンを決める
自分のパフォーマンス能力をピークに持っていくためのルーティンを列挙する。とはいえ、思いつかないという人もいるかもしれないが、ほぼ全ての人が自分をそういう心理状態にしてくれる活動を1つや2つ持っているという。
入浴でも、ジョギングでも、水泳でも、クラシック音楽でも、シャワーを浴びながら歌うでも、自分がリラックスできて集中できる息抜きであれば何でも構わない。
それでも全く見出せないという人は瞑想を趣味にするのが一案とのこと。
例えば、筆者は息子に対して
- 10分間、同じ質の軽食を摂る
- 15分間、瞑想をする
- 10分間、ストレッチをする
- 10分間、ボブ・ディランを聴く
- キャッチボールをする
というルーティンを構築した。とはいえ、これでは、ゾーンに入るのに1時間近くもかかってしまう。実際にはそんなに悠長な時間はない場合が多い。また、ルーティンに柔軟性がないので、いつどんな状況でもそのルーティンが使えるのか(会議前にキャッチボールをできるのか)という問題が生じる。
第二段階:ルーティンを少しずつ変化させて、柔軟なものにする
ここで大切なのは、比率的に、変化させる部分よりも変化させないまま残しておく部分の方が多いように保ちながら、ごく 漸次的 にゆっくりとルーティーンを変えてゆくことだ。ほんの少しだけであれば、準備時間が短くなったとしても、身体的にも心理的にも同じ反応を得ることができるものだからだ。
習得への情熱
筆者の息子は、例えば、瞑想の時間を15分から12分に短くした。
第三段階:極限まで凝縮させる
僕は漸次的にトレーニング前の套路の時間を短くしていった。初めは少しだけ短くし、次いで、四分の三、半分、四分の一と縮めた。何ヶ月もかけて、ほんの少しずつ変化させていくと、最後には深い呼吸を一度行なうだけで完全に戦いの準備が整うようになれた。
習得への情熱
想像もつかないが、秒単位のレベルにまでゾーンのトリガーを凝縮させることができれば、いかなる危機的状況や心理的に不安定な状況に陥っても、平常心で最適なパフォーマンスを維持できるということ。
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